菅原道真の乳母が建てた祠に始まる「文子(あやこ)天満宮」

文子(あやこ)天満宮とは

文子天満宮

文子天満宮は、渉成園の北西、間之町(あいのまち)通沿いにある神社です。
「天満宮」ですのでもちろん祭神は「菅原道真」です。

「文子」というのは菅原道真の乳母「多治比文子(たじひのあやこ)」のことです。

多治比の文子像

社伝によると、太宰府に左遷された道真は、903年に59歳で没しますが、
没後、道真の乳母であった多治比文子が道真から「われを右近の馬場に祀れ」とのお告げを受けます。
しかし、文子は貧しかったため、社殿を建立することはできず、右京七条二坊の自宅に小さな祠を建て道真を祀ったといわれています。
※「右近の馬場」というのは今の北野天満宮のあたりで、文子天満宮は北野天満宮の前身とも、天神信仰発祥の神社ともいわれています。

菅公腰掛石
菅公腰掛石

境内には「菅公腰掛石」という石がありますが、
こちらは道真が太宰府に行く前に立ち寄って腰掛け石だそうです。

最後に

道真ゆかりの神社(天満宮など)は全国にもたくさんあります。
道真が素晴らしい人物であったということもありますし、
道真の怨霊の力が、いかに恐れられていたかが想像できますね。

京都では「洛陽天満宮二十五社順拝」という道真にゆかりのある神社をめぐる風習があります。
ということは最低でも25カ所はゆかりの場所があるということですので、
可能な限りめぐって紹介したいと思います。

文子天満宮鳥居

なかなかブログを更新できませんが、
京都検定の1級ではテキストには載っていないスポットも出るので
少しずつフィールドワークを増やしていこうと思います。

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